No.55 2002年3月号 Vol.340

荒川鉄橋を行く蒸気機関車

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赤羽~大宮間が電化され、電車が運転されたのは昭和7年9月1日から。それまではSL(蒸気機関車)が走っていた。写真は川口町側から荒川鉄橋を臨むものだが、荒川と土手との間には田圃が広がっていた。対岸(右端)には、工兵隊の兵営も見える。

日本鉄道株式会社の川口~熊谷間の鉄道敷設工事は明治15年に起工、同24年9月1日には上野~青森間が開通した。川口駅の前身である「川口町停車場」が開設されたのは明治43年9月1日。当時から既に「産業の街川口」で、乗客のほか貨物扱駅として鋳物、機械製品をはじめ多くの物資が流通する拠点でもあった。

写真提供:岩田健氏  昭和3年ころ

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