鳩ヶ谷支部についてhatogaya_branch

新着情報

概要

営業時間:平日 午前9時~午後5時30分 *土日祝日、年末年始、11月5日(創立記念日)は休み

〒334-0002 川口市鳩ヶ谷本町2-1-1

TEL:048-281-5555
FAX:048-285-6630

アクセス
電車:埼玉高速鉄道鳩ヶ谷駅 出口1より徒歩10分
バス:JR西川口駅または蕨駅より鳩ヶ谷行き鳩ヶ谷本町1丁目下車徒歩2分

[鳩ヶ谷支部の業務についてはこちら ▶ ]

イベント

<南鳩ヶ谷スプリングフェス2024>

日時:令和6年4月27日(土) 12:00~20:00

   令和6年4月28日(日) 11:00~19:00  

   雨天決行、荒天中止

場所:南鳩ヶ谷駅ロータリー

主催:川口商工会議所(主管:川口商工会議所鳩ヶ谷支部)

共催:埼玉高速鉄道㈱

協力:川口市観光物産協会

後援:川口市

 

イベント情報はこちらでも掲載しています! ➡ 鳩ヶ谷支部まちおこし研究会

 

川口商工会議所と鳩ヶ谷商工会の組織統合記念イベント!

埼玉高速鉄道全面協力の下、南鳩ヶ谷前のロータリーを活用し「地域の出演者の方によるライブステージ」、「地域出店者の方によるグルメ」、「子供たちに楽しんでもらうための子供縁日」、「埼玉高速鉄道のグッズ販売」、「川口オートレースのバイク展示」等様々な催しを開催。他にも豪華賞品が当たる抽選会やグッズの販売等、子供からお年寄りまで楽しめる企画が盛り沢山です。皆様のご来場心よりお待ちしております。

ステージタイムスケジュール・出店者・協賛企業情報はこちら

特産品

鳩の舞 武南桜
「まつしま和菓子店」
川口市鳩ヶ谷本町3-7-10
鳩の舞 目出し開運栗どら焼
「中ばし」
川口市桜町2-5-16
鳩の舞 釣舟
「福家」
川口市辻767-8
うなぎ茶づけ
「いせ庄」
川口鳩ヶ谷本町1-3-13
釣竿型靴べら
「神谷製作所」
川口坂下町3-5-15
三志最中
「赤城家」
川口南鳩ヶ谷7-26-22

歴史

鳩ヶ谷の歴史は、先土器時代から始まりますが、原始・古代・中世の歴史については、近年まで未知の時代でした。しかし、昭和55年に実施した市内の遺跡分布調査と、その後、継続的に実施されている発掘調査により、その一部が序々に明らかにされつつありますが、不明な点も少なくありません。

鳩ヶ谷は、古来より鎌倉街道、日光御成道(にっこうおなりみち)といった『政治の道』が通り、中央と地方を結んできました。そのことが鳩ヶ谷の歴史に与えた影響ははかり知れません。

鎌倉街道は、鎌倉を起点として放射状に設けられた軍用道路で、『もの』の流通など、経済的にも重要な役割を果たしました。この鎌倉街道が鳩ヶ谷市内、もしくはその近郊を通過していたことで、中世の鳩ヶ谷は交通の要衝として発展をみました。街道が低地から台地に登り上がる地点に鳩ヶ谷が位置したことが交通の要衝とされた一因でしょう。鎌倉街道は、鎌倉幕府が滅亡した後も重要な幹線道路として利用され続けました。戦国時代になると、関東一円を支配下においた北条氏が鎌倉街道を利用し、本拠地である小田原を中心とする交通網を作りあげ、軍事物資の輸送や情報の伝達を迅速に行うため伝馬宿が設けられたので鎌倉街道が通る鳩ヶ谷では、多くの住人が伝馬役を負担したようです。今後の発掘調査によって、鳩ヶ谷宿の前史が具体的に明らかにされていくと思われます。

日光御成道は、将軍が日光東照宮に参拝するために利用されていたので御成道と呼ばれていました。交通の要衝として栄えた鳩ヶ谷も近世的な宿駅として整備され、街道に沿って屋敷が並ぶ鳩ヶ谷宿の町並みは、この時に形成されたと考えられます。

明治時代になると、新たな道路行政が行われるようになりました。明治6年(1873)河港道路修築規則が分布され、旧日光御成道は二等道路に指定されました。

さらに明治9年、国道・県道・里道の区分が定められると、県道に指定されました。一方、村々の生活の道は明治時代以降も利用され続けましたが、耕地整理や区画整理によって徐々に姿を変え、鳩ヶ谷町・市の都市計画に基づき絶えず改善の手が加えられ、現在に至っています。

昭和42年3月1日、鳩ヶ谷町から鳩ヶ谷市が誕生し、市制施行日には盛大な記念式典が行われ様々な記念行事が開催されました。この間には、国道122号バイパスの完成・区画整理・住居表示の変更などがあり、市内の様子も大きく変わりました。

鳩ヶ谷が生んだ偉人

小谷三志(こたに さんし)

小谷三志は江戸時代の中頃、鳩ヶ谷宿に生まれ、不二道(富士信仰)を通して社会教育の実践をすすめた人です。
鳩ヶ谷に小谷三志の旧家(県指定)や小谷三志の墓(市指定)などが文化財として残っています。

大熊氏広(おおくま うじひろ)

大熊氏広は、江戸時代の末に八幡木で生まれ、明治の初め西洋の近代美術を学び日本彫刻界に大きな業績を残した人です。
大熊氏広の作品や遺品は郷土資料館に展示されています。